みなさんこんにちは孤独のサイコマンです。
今日は天気もよく、桜が満開でしたね。目黒川を歩いていましたがたくさんの人が写真に桜をおさめていました。
明日は悪天候になりそうで、今年は最後の花見になってしまうのかと思うとさみしくなりました。
コロナ禍が続きますが、一幅の憩いは必要ですね。みなさんも体調管理気を付けながら新年度迎えてください。
きょうも新社会人・進級・進学の学生さんに向けて書きたいと思います。
私の経験からいじめ・パワハラは大企業・進学校に多い説です。
私の実体験を交えて説明させていただきます。
①進学校に入学した途端いじめがスタート
私のいじめ体験がスタートしたのは高校からです。中学にもいじめになりかけたケースがありましたが、
やはり中学はまだ優しさとおおらかさがクラス全体にありました。クラスというよりも田舎だったこともあり、
そこまで勉強・運動にしても競争みたいなものがなく、みんなそれぞれ好き勝手に自分のやりたい事をやっている印象で、今思い返すと大変よいクラスだったと思います。
しかし、高校に進学したとたんに空気が一変しました。
とにかくいじめ相手を探すような風潮があり、変わり者も一気に増えました。
優しくおおらかだった風潮は消えて、とにかく勉強のことや誰がもてる、誰が運動ができる、誰が頭が悪い、誰がどんくさい、お前はダメだみたいないじめを容認する雰囲気がクラスに蔓延していたのを感じます。
一つの大きな原因は紛れもなく「進学校」による偏差値が高い大学に入ることこそが正義という風潮です。
とにかく、みなほかの生徒の成績がどうなのか気になって仕方ない様子でした
私の時代は学区制で自分の学区の中で最も東大の進学率が高い高校を受験し合格しましたが、
案の定進学校特有のギスギスした雰囲気に耐えられませんでした。
とくに私の地元は田舎の方で高校まで電車でいかないといけないくらい遠かったので、
学歴社会の弊害をもろに受けたと感じています。
今思えば、「偏差値の高い」高校ではなく、「自分のやりたいことが出来る高校」「社会活動をしっかりしている高校」とか、自分の価値観にあった高校を選ぶべきでした。
しかし、日本社会は選択肢が私の時代は「偏差値」でしか選ぶことがなく、大学も「偏差値」で決められていました。
偏差値至上主義が、こうしたいじめを生み出す温床になっていたのは間違いありません。
私は部活にも入りましたが、まったくなじめず、うまくなれなかったのもあり、途中で退部しました。
あとはひたすら勉強に明け暮れていましたが、結局センター試験直前になっても中学時代の仲間から
まさかのいじめにあい、精神的に参り、結局大学受験は失敗し、予備校に通ったのです。
②予備校時代が最高だった理由は?
私の学生時代で最も楽しかったのは実は「予備校時代」です。
なぜなのか、分析すると、そこには「人の痛みがわかる人達が集まっていた」からだったと思います。
予備校に来ている人達はいわば全員が受験に失敗した「敗北者」なのです。
ですから、みな何かしら心に傷があり、またその傷をのりこえて改めて大学受験に挑戦しようという人達が集まっているわけです。
最初に私は予備校の歓迎会に参加してみなでスポーツ大会を開いて、終わりにカラオケにいきました。
そこでは、「感じたことのない心地よさ」がありました。
なぜかというとみな相手に対して大変気を配ったり、気を遣ったり、優しさを示していたからです。
高校時代は相手をさげすんだり、憎しみめいた言葉をはいたり、大学受験の中で引きずりおろそうと考えたり、
非常に負のオーラが全開でした。
しかし、予備校は違っていました。いままで感じたことのない「友情」というものを感じることが出来ました。
また、都心部にあったのでとにかく高校よりはるかに都会で、かわいい子も多く、心躍らせていたこともありました(笑)。
しかも、不思議なことに、高校でちょっとかわいい子が愛想悪く、クールに男子を見下ろしていた雰囲気があったのに対し、予備校でかわいい子たちはみな気を配ってくれて、優しいうえにのりもよく、「信じられない」気持ちでいっぱいでした。
このように、環境と人がかわれば人生が180度かわるのを実体験したのです。
③転職でも味わった〇〇企業ほど悪い社風
高校と予備校という2つの環境で味わったのは「人の痛みがわかる」人達の集まりにいたほうが間違いなく心地よいということです。
これは、実は学校ではなく企業でも同じことがいえます。私が実際転職を2回して感じたことです。
3社ともある程度大きな企業ですが、1社目は給与が安く泥臭い仕事をするのが得意とする企業でした。
ですから、会社には変人からいい人まであらゆるタイプの人間がいてその人達が共存しているいわゆる部活的な雰囲気があり、結構好きでした。
そこまで相手を蹴落としてのし上がろうという感じもなく、手柄を横取りしてでも上にいこうという人もあまりおらず、自分のやりたいことをひたすら追及するという社員が多かったです。
ですから、業種的に斜陽産業であっても8年在籍していましたし、やめるときは結構悩みました。
そして、2社目はうってかわって効率重視・成果重視の名実ともにブラック企業でした。
これは私が完全に「給料の高さ」に誘惑され、自分のスキルを売り込めるという分野でもあったので、
転職を試み、成功したのですが、大変な目にあいました。
そもそも転職市場が10年前はまだそこまで活発化しておらず、転職者自体がまだ少数で、ほとんどがプロパーでした。
ですが、この会社のいいところは給与はプロパーと同じ額支払うところにありました。ですから、人事考課や給与制度で不満はまったくなかったのを覚えています。
ですが、仕事量が尋常ではありませんでした。あとは社風です。相手を信用せず、自分だけなんとか手柄をたてて、のしあがろうという雰囲気が蔓延しており、余計な話は一切せず、雑談も許さず、ひたすら終了時間まで仕事をし続ける異常な雰囲気でした。
また、耐えきれず、再度転職をこころみたものの、また壁にぶつかりました。
3社目は雰囲気は体育会で最初はよかったのですが、体育会がゆえに「パワハラ体質」が抜きんでていた会社でした。
怒鳴るのは当たり前で病んでいなくなる社員も多数いることを後で聞きました。
さらに、プロパーと中途の待遇が目に見えて違うことも入社後に知りました。
リサーチ不足といってしまえばそれまでですが、
大企業ほどパワハラ体質でギスギスしているというのは間違いありません。
④まとめ
以上述べてきました通り、
結論としては「進学校・大企業ほどいじめ・パワハラ体質」だということです。
なぜなら、どちらも「成績・成果重視」で、余白がなく人間同士もギスギスしがちだからです。
結果を求めるのは中小企業・普通の学校であっても同じかもしれませんが、笑い・雑談・失敗などを受けいれない不寛容さがそこにはあるのです。
私は間違いなく感じるのはコロナ禍でDXが進んでいけばいくほど、効率主義が加速して、企業はどんどん余裕がなくなり「不寛容」の時代も加速することです。
ここで心を病む人は加速していくでしょう。本当にDXが必要なのか、日本はそこまでまだ加速度的に何かを変えていく必要があるのか。今一度立ち止まって一人一人考えないといけないのではないかと思います。
そうしないと、すさんだ心がたくさん生まれ、「不寛容」がのさばる悲しい時代が訪れる気がしてならないのです。
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